2009年05月03日
1990年代初頭のモバイル 公衆電話で怪しい人が・・・
~昔々、あるところに、モバイルしたいおにいさんがいました。
おにいさんは、公園へモバイルしにいきました。~

今でこそ、通信し放題なサービスがあちこちで受けられるが、当時は様々な要因が通信時間を締め上げる。
通信できる時間は、ノートブック型パソコンのバッテリー(公称2時間、実動30分)と、通信モデムの電池の持ち時間(20分前後)と、財力(電話代)によって決まってくる。
また、公衆電話内でノートパソコンを広げ、なにやらケーブルを引き回して「がちゃがちゃ」やっている姿は怪しすぎるため、出来るだけ短い時間で済ませたい。
通信速度は2400bps。1秒間に2400ビット=300バイト(文字にして150文字)がMAXの通信速度である。電話回線のノイズや環境によっては、実スピードが半分なんてのもザラである。(ちなみにこのスピードで携帯の壁紙サイズ320*240ドットの20KB程度のJPEG画像を送ると、1分以上かかる。)
もっとも、その当時の通信といえば、文字ベースのメールであったり、掲示板であったり、チャットぐらいなので、これでもまあ、目的は達成するのである。
この、「機械とゴチャゴチャしながら通信する」スタイルが好きな人は大好きなのだが、やはり人目が気になるのでなるべく小さくまとめたいと思うようになる。
そこで利用できるのがザウルスなどの電子手帳だ。
おにいさんは、公園へモバイルしにいきました。~

今でこそ、通信し放題なサービスがあちこちで受けられるが、当時は様々な要因が通信時間を締め上げる。
通信できる時間は、ノートブック型パソコンのバッテリー(公称2時間、実動30分)と、通信モデムの電池の持ち時間(20分前後)と、財力(電話代)によって決まってくる。
また、公衆電話内でノートパソコンを広げ、なにやらケーブルを引き回して「がちゃがちゃ」やっている姿は怪しすぎるため、出来るだけ短い時間で済ませたい。
通信速度は2400bps。1秒間に2400ビット=300バイト(文字にして150文字)がMAXの通信速度である。電話回線のノイズや環境によっては、実スピードが半分なんてのもザラである。(ちなみにこのスピードで携帯の壁紙サイズ320*240ドットの20KB程度のJPEG画像を送ると、1分以上かかる。)
もっとも、その当時の通信といえば、文字ベースのメールであったり、掲示板であったり、チャットぐらいなので、これでもまあ、目的は達成するのである。
この、「機械とゴチャゴチャしながら通信する」スタイルが好きな人は大好きなのだが、やはり人目が気になるのでなるべく小さくまとめたいと思うようになる。
そこで利用できるのがザウルスなどの電子手帳だ。
2009年05月02日
1990年代初頭のモバイル 公衆電話でパソコン通信
~昔々、あるところに、モバイルしたいおにいさんがいました。
おにいさんは、公衆電話を探しにいきました。~

家であれば、電話回線にモジュラーケーブルを繋げ、通信モデムを繋げ、パソコンに繋げてダイヤルアップ(電話をかける)すれば良いのだが、外部で通信をするには、それらを一式持って行かなければならない。
まあ、大荷物である。
当然、携帯電話はない。
こんなときどうするかというと、公衆電話から通信をするのである。
この時代よりさらに昔には、音響カプラという機器に受話器をカポッとはめてぐるぐるっと固定しておこなったのだが、一般的には外に持ち出せるようなそんなものが売っているわけでもなく、まあ、見るとしても古いSF映画かアクション映画に出てくるハッカーが使っているところぐらいだろう。
なので、公衆電話も、1990年代初頭に登場する「モジュラープラグ付」のグレーのデータ通信可能な公衆電話からすることになる。
3キロ前後のノートブック型パソコン、通信モデム(モバイル用の電池駆動のモデムで、パソコンのシリアルポートに繋げる)、モジュラーケーブル(電話線)をリュックに入れて、グレーの公衆電話を探し回らなければならない。
その状態は酷なので、なるべく事前に探しておくことになる。
おにいさんは、公衆電話を探しにいきました。~

家であれば、電話回線にモジュラーケーブルを繋げ、通信モデムを繋げ、パソコンに繋げてダイヤルアップ(電話をかける)すれば良いのだが、外部で通信をするには、それらを一式持って行かなければならない。
まあ、大荷物である。
当然、携帯電話はない。
こんなときどうするかというと、公衆電話から通信をするのである。
この時代よりさらに昔には、音響カプラという機器に受話器をカポッとはめてぐるぐるっと固定しておこなったのだが、一般的には外に持ち出せるようなそんなものが売っているわけでもなく、まあ、見るとしても古いSF映画かアクション映画に出てくるハッカーが使っているところぐらいだろう。
なので、公衆電話も、1990年代初頭に登場する「モジュラープラグ付」のグレーのデータ通信可能な公衆電話からすることになる。
3キロ前後のノートブック型パソコン、通信モデム(モバイル用の電池駆動のモデムで、パソコンのシリアルポートに繋げる)、モジュラーケーブル(電話線)をリュックに入れて、グレーの公衆電話を探し回らなければならない。
その状態は酷なので、なるべく事前に探しておくことになる。
2009年05月01日
約20年前のモバイルは、PCで通信すること自体が大変

1989年頃のモバイルといえば、パソコン自体がやっとブック型パソコンというジャンルが立ち上がった頃だった。
東芝が、恐れ多くも「DynaBook」という名前を自社パソコンにつけ、ダイナブック構想提唱者の「アラン・ケイ」が認めた、最初の小型・低価格パソコン(当時としては)だった。
ただ、「ブック型」と言いつつサイズや重さは百科事典のようで、移動しながらパソコンを操作するといったたぐいのものではなかった。それでも、それまで文字通り幅をきかせていた「ラップトップ型」という、実際に膝の上にのせていたら拷問のような重さ・サイズの「ラップクラッシャー」パソコンよりは、あきらかにましだった。
まだ、インターネットという言葉は一般的ではなく、ちまたではパソコン通信が幅をきかせていた頃である。
通信をするには、通信モデムという機器を通して、「ピーーーー・ギャーーーーー」という音にしてデータのやりとりをしていた。(今でもこの手の音は、FAXで聞ける)
アクセスポイントという地域の接続先に電話をかけて繋げるのである。